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4号機時代の思い出 『幼馴染からノリ打ち仲間へ』 その3 旧少年法に守られる



・・・前回のお話でサッカー部に帰還した僕は

順調に年齢を重ね中学校3年生になっていたのでした。





・・・中学校も3年生になると

部活を引退をする時期に差し掛かりますので

それまではサッカー漬けの生活を送っていた僕はやることが無くなり

ちょっとした”燃え尽き症候群”になっていたのでした。




・・・そんな時に僕が力を入れ始めたのは

学生らしく勉学に励む・・・



・・・と言う訳ではなく、その頃流行りだしていた

バンド活動を始めるようになって行ったのでした。




・・・僕が中学生の時は”ビジュアル系バンド全盛期”でありまして

GLAYやラルクアンシェル、ルナシーなど

今でもメディアに出てくるようなバンドが世に出始めたほかに


”ファナティッククライシス”ですとか”ペニシリン”のような

1発屋的なバンドも数多く乱立していまして

嫌でもビジュアル系バンドブームの到来を感じさせてくれたものです。






・・・僕は元来”目だちたがり屋”という事もありまして

『バンドで目立つといえばギターでしょ!』

という安易な考えからバンドではギターを担当していたのですが

本当の所はドラムもやってみたかったんですよね。




・・・しかし、ドラムセットを家に置くとなると

金銭的にも環境的にもハードルが高いので諦めざるを得なかったことから

渋々ですが、ギターを弾くことを選んだんです。





・・・しかし、僕は30歳ころまで楽器を弾くことを続けていたのですが

どう考えてもバンドの中で一番面白くない楽器はギターであると

歳を取ってから気付きました。





・・・ドラムはある程度叩くことが出来れば

色々な曲に即興で対応することが容易ですし


ベースは、若造の頃は気付きませんでしたが

滅茶苦茶カッコいい楽器ですよね。



・・・そう考えると、ギターは見た目には派手ですが

一番底が浅いような気がしてきちゃいましてね・・・




・・・まあ、なんにせよ中学校時代の僕は

友人と5人でGLAYのコピーバンドをや結成し(バンド名はCOOLという寒さ)

部活で空いた穴を埋めていた訳であります。






・・・普段の僕らのバンド活動は

友人の家で一緒にギターを弾いたり

余裕がある時にはスタジオに入り、全員で曲を合わせて楽しんでいたのですが


やはり、バンド活動をやっていると


『ライブを開催したい!』


という気持ちが生まれて来ますよね。





・・・目立ちたくて始めたバンド活動なのに

人前で披露できないなんてどうかしています。







・・・しかし、僕らは中学3年生という身の上ですので

まともな人間は高校受験に向けて勉強に勤しんでおりますから


共にライブを開催してくれる友人なんてものは

同じ中学校の中には存在しなかったんですよ。






・・・困り果てた僕は、幼馴染のN君がバンド活動をしていることを思い出し

N君に一緒にライブを開催してくれるようにお願いする事にしました。



・・・当時、N君は既に高校に進学していまして

N君の周りにはバンド活動をしている人間が沢山居たんですよ。

なんせ、世はバンドブームでしたから!




・・・そんな訳で、ライブのお話はすんなり決まり


N君のバンドと僕らのバンド

他にはサッカー部の一個上の先輩たちが7人くらいで入れ替わりをするバンドの3組で

ライブを開催する運びとなりました。

(僕ら以外はラルクのコピーでしたね)





・・・しかし、困ったことが1つだけありました。


僕らのバンドのドラム担当の子は

家にドラムセットが無いので、練習はもっぱらエアードラムでして

たまにスタジオに入る時だけ、本物のドラムを使って練習をしていたのですが



ライブの開催が決まった後にドラム担当が怖気づきまして


『ライブには出ないよ!』


と、言い始めてしまったのです。




・・・当時のライブのお金の流れは


・ライブハウスに払うお金を参加バンドで3分割する

・さらに参加バンドの人数で各バンドが分割する

・それをチケット代などで補う



・・・という流れでライブハウスの使用料をペイする感じだったのですが


ドラムが居ないとなると、音も出ませんし

もちろんお金も出て来ませんので

他のメンバーの負担が増えてしまうんですよ。





・・・僕らは幸いなことに、友人には困っていませんでしたので

チケットを沢山捌くことで、金銭的な問題は大丈夫だったのですが

ライブにドラムが居ないとなると大事件ですよね?



・・・僕らはどうしたもんかと悩んだ末に

ドラムのヘルプもN君に頼んでみる事にしました。





・・・・そしてこれが結果的に大成功でして

N君は2人のドラム候補を僕らに紹介してくれたのですが

一人は後にプロになる人だったので技術的に最高の方でしたし


もう一人の候補は、人間的にとても魅力がある人で

彼を通して生涯の親友も得ることが出来ました。






・・・そして、初めてのライブは先輩方のバンドの動員がものすごい事もあり

結果的には大成功に終わりました。



・・・ライブハウスって良いですよね。

僕は自分の出番以外の時はバーカウンターに入り浸り

店員のキレイなお姉さんを見ながらライム系の酒を煽っていました。


・・・ジンライムだったのかな?




・・・僕はそんなライブハウスの雰囲気が大好きになり

以降、何度もライブを開催するのでした。








・・・そんな時に僕はパチスロと初めての遭遇をします。


僕が初めてパチスロを打ったきっかけは

以前のブログの記事でも紹介しているのですが


一個上のサッカー部の先輩(N君と同じ高校に進学)に誘われて

パチンコ屋に行くことになったのが

僕にとっての最初のパチンコだったんです。







・・・僕らは中学生という事もあり

いつでもお腹を空かせた少年だったんですよ。




そんな僕が休日にサッカー部のOBとサッカーをしている時に

高校生になった先輩たちがパチスロの話で盛り上がっていることに気付いたのです。



・・・詳しく話しを聞いていくと

どうやら、パチスロという物は千円あれば8千円になるとの事です。




その話を聞いた僕は


『そんなバカな!そんな美味しい話が有るのか!』


と思ったのですが





パチスロ画像 そんなカバな
©山佐 そんなカバな




・・・後に考えてみると

どうやら先輩は当時のパチンコ屋さんにあったサービスの1つである


『モーニング』


という、朝イチにお店側がBIGフラグを

任意の台に仕込んでくれているサービスの事を言っていたものと思われます。




・・・そして、先輩の話を意訳すると


『千円札を握りしめてモーニング台を一緒に漁りに行こう』


と、僕に言いたかったのだと思われます。




・・・不自由で不親切な先輩ですよね。






・・・そんな感じで、適当に行った初めてのパチンコは

ビギナーズラックの恩恵を受けるなんて甘いことは無く

普通に千円が瞬殺されて終わってしまいました。



たかが千円ですが、当時の僕にとっては大金を失う結果になってしまい残念でしたが

初めて行く”パチンコ屋さんという大人の空間”を味わえたことで

僕は一定の満足感も得ていました。






・・・まさかこの時には

ビギナーズラックどころか人生の初ボーナスまでに

4万円弱掛かるなんて思いもしませんでした・・・





・・・そこからの僕は中学校時代にはパチンコ屋さんに行くことは無く

普通に時は流れ中学校を卒業し、高校へ入学することになって行くのでした・・・




続く
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